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マリモカーボンの繊維構造の制御で燃料電池の発電性能を向上
炭素源のメタンガス流量が触媒機能に影響
固体高分子形燃料電池PEFCの性能向上で水素社会の実現に貢献

 茨城大学大学院理工学研究科の江口美佳教授,同大学院博士後期課程量子線科学専攻2年髙村康平らは,マリモカーボン(MC:Marimo carbon)の繊維構造を,メタン(CH4)ガス流量で制御することに成功し,これらの構造のMCで作製された固体高分子形燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)の触媒層が発電性能に影響を与えることを明らかにしました
 燃料電池の一種であるPEFCは,地球温暖化の緩和策として利用が期待されています。PEFCの発電性能の向上には,燃料ガス(水素ガスと酸素ガス)を内部で効率的に拡散させるような構造の触媒層を作製することが重要となります。
 本研究では,触媒層作製に,ダイヤモンド核から炭素繊維が多数成長した独特な構造を持つMCを用いました。MCの炭素繊維間の空隙が燃料ガスの拡散経路となりますが,今回の研究により,MCの炭素繊維の炭素源であるCH4ガスの流量が繊維間空隙を変化させることを明らかにしました。また,異なるCH4ガス流量,つまり,繊維間空隙の異なるMCで作製した触媒層は,PEFCの発電性能に影響を与えることも明らかになりました。
 今回の研究では,MCが繊維の高次構造体であることを活かして,触媒層構造の制御に成功しました。この成果は,触媒層と他のPEFCの部品との相互作用も考慮した,触媒層構造の最適化が期待できMC構造を最大限に活かしたPEFCの開発によるさらなる発電性能の向上が展望されます。
 この成果は,6月18日,International Journal of Hydrogen Energy にオンラインで掲載されました。

背景

 近年,エネルギーの資源不足の解決,カーボンニュートラル,水素社会の実現などに向け,エネルギー源として燃料電池の利用が期待されています。燃料電池は,水素と酸素の化学反応から,電気エネルギーを取り出す発電装置です。燃料電池の発電は,エネルギー効率が高く,発電の際に水のみしか生成されないなど,環境への負荷が低い特徴を持ちます。特に,燃料電池の一種である固体高分子形燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)は,作動温度が室温に近いため,燃料電池自動車や家庭用燃料電池として,幅広い利用が期待されます。
 水素と酸素の化学反応場は,触媒層が担っています。一般に市販されている触媒層は,カーボンブラック(CB:Carbon Black)に白金(Pt)を担持させた材料で形成されています。PEFCは,触媒層の内部に燃料ガス(水素ガスと酸素ガス)を効率的に拡散させることが重要となります。この燃料ガスの拡散経路は,触媒層内部の空隙によって確保されます。粒子状炭素であるCBでは,燃料ガスの拡散経路が複雑であり,必ずしも拡散効率が高いものではありませんでした(図1上)。この燃料ガス拡散効率の課題解決に向け,世界中で繊維状炭素(カーボンナノチューブやカーボンナノフィラメントなど)を用いる研究が行われています。これは繊維状炭素には,繊維間に多数の空隙が存在するため,高い拡散効率が期待できるためです(図1下)。

PR240705e_f1.jpg 図1 触媒層構造と拡散効率

 茨城大学江口研究室では,繊維状炭素の一種であるマリモカーボン(MC:Marimo carbon)を触媒層として用いたPEFCの開発を行っています。MCはダイヤモンドから炭素繊維が多数成長した,繊維の高次構造体で,その名前は外観が阿寒湖に生息するマリモに似ていることに由来します(図2ab)。他の繊維状炭素と同様に,MCは燃料ガスの拡散性に優れています。さらに,MCの炭素繊維は,グラフェンシート(炭素繊維)が積層した構造(カップスタック構造)を持ちます(図2c)。白金(Pt)は,炭素繊維の表面に露出したグラフェンシートの間に担持されます。そのため,MCへのPtの担持には,他の繊維状炭素では必要な,繊維表面の前処理(酸や熱などで繊維表面を粗くする処理)を行う必要がありません。本研究室では,これまでの研究により,MCで作製した触媒層が高い発電性能を示す
ことを明らかにしており,MCの構造を最大限に活かした触媒層の作製を行いました。

PR240705e_f2.jpg 図2 マリモカーボン(MC)構造 (a)MCの全体像,(b)MCの拡大像, (c)MCの炭素繊維構造

研究手法

 PEFCの発電性能の更なる向上を目指す本研究室では,MCが繊維の高次構造体であることに着目しました。1つのダイヤモンド核から多数の繊維が成長した構造を持つMCは,その炭素繊維の合成条件により繊維間空隙(燃料ガスの拡散経路)を制御できる可能性があります。繊維間空隙の制御は,他の繊維状炭素では困難なことです。
 図3にMCの合成イメージ図を示します。まず,酸化ダイヤモンドにニッケルを担持させたニッケル担持酸化ダイヤモンド(Ni/O-dia.)を合成しました。次に,高温(550°C)の反応炉中で,ニッケル担持酸化ダイヤモンドにメタン(CH4)ガスを供給しました。供給されたCH4ガスは,ニッケルにより分解され,グラフェンシートを形成しました。この炭素繊維の成長は,酸化ダイヤモンドに担持された多数のニッケルを起点に生じました。本研究では,MCの炭素繊維構造の制御を目的に,炭素繊維の炭素源であるCH4ガスを,異なる流量(1004001000 cm3/min)で供給しました。合成されたMCで触媒層を作製し,実際のPEFCとしての発電性能を測定しました。

PR240705e_f3.jpg 図3 マリモカーボン(MC)の合成イメージ図

結果

 CH4ガス流量100,400および1000 cm3/minで合成したMCを走査型電子顕微鏡で観察しました(図4)。CH4ガス流量が少ない場合,太い炭素繊維が疎に観察されました。一方,CH4ガス流量が多い場合,細い炭素繊維が密に観察されました(図5)。MCの炭素繊維の太さは,その炭素繊維の成長起点となるニッケルの粒径に依存することが知られています。つまり,CH4ガス流量が少ないほど炭素繊維が太いのは,ニッケルの粒径が大きくなったためです。このニッケル粒径の増加は,シンタリングという現象によるものです。ニッケル担持酸化ダイヤモンドを高温(本研究では550°C)で加熱すると,酸化ダイヤモンド上のニッケルが凝集(シンタリング)し,粒径が大きくなる可能性があります。CH4ガス流量が少ない条件で,特に観察された太い炭素繊維は,繊維の成長開始が遅いことでシンタリングが進んだニッケルを起点に成長した繊維と考えられます。
この炭素繊維の太さの違いは,繊維間空隙を変化させました。太い繊維は直線方向に成長しやすいのに対し,細い繊維は曲線方向にも成長しやすくなります。曲線方向にも成長する細い繊維は,繊維間空隙を埋めるようにも繊維が成長するため,繊維間空隙が狭くなりました。

PR240705e_f4.jpg 図4 マリモカーボン(MC)の炭素繊維構造 (a)100cm3/min, (b)400cm3/min, (c)1000cm3/min

PR240705e_f5.jpg 図5 マリモカーボン(MC)の炭素繊維径 (a)100cm3/min, (b)400cm3/min, (c)1000cm3/min

 Pt源に塩化白金酸?六水和物を用いて,MCにPtを担持させ,膜電極接合体(MEA)を作製し,電圧?電流(I-V)測定を行いました(6a)。I-V測定は,実際のPEFCとしての発電性能を測定するものです。グラフ中の青線,緑線,赤線は,それぞれCH4ガス流量100,400および1000 cm3/minで合成したMCの発電性能を表しています。また,黒線は一般的な触媒であるCBの発電性能です。電流密度0 A/cm2のセル電圧は,100 および400 cm3/minCH4ガス流量で合成したMCで高い値を示しました。これは,高い電気導電性を持つためと考えられ,その値は電気導電性に優れているCBと同程度でした。一方で,高電流密度域でのセル電圧は,MC合成の際のCH4ガス流量が多いほど高い値を示しました。これは,MC構造の違いによる触媒層の空隙や膜厚の変化が影響していると考えられます。CH4ガス流量が最も多い1000 cm3/minで合成したMCは,特に高い発電性能を示し,I-V測定から算出された最高出力密度( 223.9 mW/cm2 )は,CBの最高出力密度( 157.7 mW/cm2 )の1.4倍でした(図6b)。

PR240705e_f6.jpg 図6 発電性能 青線:100cm3/min, 緑線:400cm3/min, 赤線:1000cm3/min, 黒線:CB

今後の展望

 本研究により,MC合成におけるCH4ガス流量が,MCの炭素繊維の太さや繊維間空隙を変え,発電性能に影響を与えることを明らかにしました。本研究では,主に触媒層の構造について検討してきましたが,PEFCは,触媒層の他に,流路板やガス拡散層,電解質膜,ガスケットなど多くの部品で構成されています。それらの部品の間では,燃料ガス,電子,イオン,水などの物質の受け渡しを行っています。これらの物質の受け渡しは,部品の界面構造に影響を受けます。本研究で可能となった触媒層構造の制御は,触媒層界面構造も変化させるため,これらの物質の受け渡しの制御にも期待できます。他の部品間との相互作用も考慮し,触媒層構造を最適化することで,MC構造を最大限に活かしたPEFCの開発を可能とし,さらなる発電性能の向上が展望されます。

謝辞

 茨城大学大学院理工学研究科量子線科学専攻博士前期課程2年の鷲尾浩和さん,同大研究指導員の郡司浩之さんには,触媒層作製やデータ分析を手伝っていただきました。物質?材料研究機構(NIMS)の根本善弘様には,透過型電子顕微鏡観察でサポートくださいました。また,塩化白金酸?六水和物は小島化学薬品株式会社により提供されました。

論文情報

  • タイトル:Effect of carbon fiber structure of Marimo carbon on polymer electrolyte fuel cell performance
  • 著者:Kohei Takamura, Hirokazu Washio, Hiroyuki Gunji, Mika Eguchi
  • 雑誌:International Journal of Hydrogen Energy (IF : 7.2)
  • 公開日:オンライン掲載 2024年6月18日