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原子配列の乱れをもつフッ化物イオン導電性固体電解質の
イオン伝導メカニズムの解明
-リチウムイオン電池を凌駕する次世代蓄電池の創成を目指して

 茨城大学応用理工学野の森一広教授(高エネルギー加速器研究機構(KEK)と茨城大学のクロスアポイントメント)らのグループが、蓄電池研究用中性子回折装置を用いてフッ化物イオン導電性固体電解質Ca0.48Ba0.52F2のイオン伝導メカニズムを原子レベルで解明しました。その結果、異なるイオン半径をもつカリウム(Ca)とバリウム(Ba)が混合したことで構造歪みを誘発し、それによってフッ素(F) の原子配列が局所的に乱れることがわかりました。さらにフッ化物イオン伝導経路の可視化に成功し、F の原子配列の乱れが伝導経路内のイオン流れ(イオン伝導率)の向上に大きく寄与していることを明らかにしました。
 本成果は、革新型蓄電池の最有力候補であるフッ化物電池の材料開発に大きく貢献することが期待されます。
 本研究成果は、202495日(米国時間)に、米国化学会(ACS)発行のエネルギー材料科学の専門誌「ACS Applied Energy Materials」のオンライン版に掲載されました。

>>くわしくはプレスリリース(PDF)をご覧ください

figure_1.jpg 図1 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質の中をフッ化物イオンが高速で流れていくイメージ図

概要

 革新型蓄電池(ポスト?リチウムイオン電池)の開発競争をリードする上で、全固体フッ化物電池で使用するフッ化物イオン導電性固体電解質は、今後の蓄電池開発において重要なキーマテリアルとなります。

 蛍石型構造をもつフッ化カルシウム(CaF2)やフッ化バリウム(BaF2)は、全固体フッ化物電池において重要な高電圧下での利用が期待されますが、その反面、イオン伝導率が低い物質です。CaF2BaF2を原子レベルで混合することで、イオン伝導率が飛躍的に向上することが知られていましたが、CaF2-BaF2系のフッ化物イオン(F-)の分布やその伝導メカニズムは不明のままでした。

 本研究では、熱プラズマ法で作製したCa0.48Ba0.52F2固体電解質を用いて中性子回折実験を行い、本系の原子配列と核密度分布を精密に決定しました。その結果、異なるイオン半径をもつCaBaが混合したことで構造歪みを誘発し、それによってFの原子配列が局所的に乱れることがわかりました。さらにフッ化物イオン伝導経路の可視化に成功し、Fの原子配列の乱れが伝導経路内のイオン流れ(イオン伝導率)の向上に大きく寄与していることを明らかにしました。

figure_2.png 図2 フッ化物電池の動作原理

研究の背景

 CaF2BaF2を用いることで高電圧下での蓄電池の利用が期待できますが、イオン伝導率が低いため、単体で固体電解質として使用することはできません。一方、原子レベルで混合したCaF2-BaF2系固体電解質は高いイオン伝導率を示すことが知られていましたが、詳細な原子配列やフッ化物イオン伝導経路など、不明な点が多く存在していました。

研究のポイント

 中性子回折は、重元素を含む化合物中の軽元素の位置決定を得意としています。CaBaのような重元素を含むCaF2-BaF2系固体電解質の場合、中性子回折を利用することで、Fの原子位置をより正確に決定できることに着目しました。また、Fの核密度分布を可視化することができれば、F-のイオン伝導経路を特定することができるのではないかと考えました。

 本研究で利用した特殊環境中性子回折装置SPICA(スピカ)は、中性子回折を利用した蓄電池研究を推進するため、大強度陽子加速器施設 物質?生命科学実験施設(J-PARC MLF)に建設されました。今回得られた研究成果のように、原子レベルで蓄電池や電池材料を観察できるように本装置をデザインしたことが最も努力した点です。また、良質なCa0.48Ba0.52F2固体電解質を作製するため、検討を重ね、熱プラズマ法を採用しました。これにより、より精密な構造解析を行うことが可能となりました。

figure_3.jpg 図3 特殊環境中性子回折装置SPICA(スピカ)

 図4より、CaF2BaF2の電気伝導率(もしくは、イオン伝導率)は非常に低いのに対して、CaF2BaF2を原子レベルで混合したCa0.48Ba0.52F2固体電解質では3$301C5桁程度、電気伝導率が急激に上昇している様子がわかります。SPICAを利用して中性子回折実験を行い、図5に示すような結晶の原子面間距離のピークについてのパターン、すなわち中性子回折データを得ることができます。本研究では、さまざまな温度でCa0.48Ba0.52F2固体電解質の中性子回折データを測定しました。これらのデータを用いてリートベルト解析を行うことで、図6に示すようなCa0.48Ba0.52F2固体電解質の結晶構造(573 K)を得ることができました。さらに、最大エントロピー法により核密度分布を求めることで、イオン伝導に必要な格子間サイト□Fを明らかにし、「-F-□F-F-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路の可視化に成功しました(図6)。

figure_4.png 図4 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質およびCaF2BaF2の電気伝導度の温度変化

figure_5.png 図5 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質の結晶構造解析の結果(573 K

figure_6.png 図6 573 KにおけるCa0.48Ba0.52F2固体電解質(MI = Ca0.48Ba0.52)の結晶構造(左)と核密度分布(右)。赤線は「-F-□F-F-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路。□Fは格子間サイトに相当する。

 結晶構造解析より得られた原子変位の大きさを示す値から、Fの配置が乱れていることを推測できますが、より具体的なFの位置を調べるため、二体分布関数データを用いて逆モンテカルロモデリングを行いました。図7より、CaF2BaF2の場合、CaBaおよびF原子が規則正しく配列していますが、Ca0.48Ba0.52F2固体電解質では原子配列が乱れている様子がわかります。これは有効イオン半径が小さいCaと有効イオン半径が大きいBaが混合したことで構造歪みを誘発し、それによってFの位置も局所的に乱れたと考えられます。図8に示すような、「-F-□F -F-」イオン伝導経路内において、CaF2BaF2では見られなかったFの原子配列の乱れが、伝導経路内のイオン流れ(イオン伝導率)の向上に大きく寄与していることを明らかにしました。

figure_7.png 図7 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質およびCaF2BaF2の逆モンテカルロモデリングの結果と局所構造(室温)

figure_8.png 図8 Ca0.48Ba0.52F2固体電解質のフッ化物イオン伝導経路と原子配列の乱れを重ね合わせたイオンの流れのイメージ図。赤線は「-F-□F-F-」間を結ぶフッ化物イオン伝導経路。

 CaF2BaF2単体ではフッ化物イオンは動きにくいのですが、CaF2BaF2を原子レベルで混合し、フッ化物イオンの原子配列の乱れを誘発することで、フッ化物イオンが急激に動きやすくなることを明らかにしました。本系のイオン伝導メカニズムの解明によって、フッ化物イオン伝導体のイオンの流れに関する理解をより深めることができたと考えています。さらに本研究の成果が、革新型蓄電池(ポスト?リチウムイオン電池)の最有力候補の1つであるフッ化物電池の材料開発に大きく貢献することも期待されます。

論文情報

  • Experimental visualization of F-ion diffusion pathways and geometric frustration-induced disorder in CaF2-BaF2 solid electrolytes
  • Kazuhiro Mori, Kazuyuki Sato, Takafumi Ogawa, Akihide Kuwabara, Seungyub Song, Takashi Saito, Toshiharu Fukunaga, and Takeshi Abe
  • ACS Applied Energy Materials (2024).
  • DOI: https://doi.org/10.1021/acsaem.4c01278

研究グループ

  • KEK 物質構造科学研究所 中性子科学研究系 森一広 教授
    (総合研究大学院大学 先端学術院 物質構造科学コース 教授、茨城大学大学院 理工学研究科
    量子線科学専攻 教授 <KEK-茨城大学 クロスアポイントメント>)
  • KEK 物質構造科学研究所 中性子科学研究系 ソン スンヨプ 特任助教
  • KEK 物質構造科学研究所 中性子科学研究系 齊藤高志 特別准教授
  • 京都大学 成?戦略本部 佐藤和之 特定研究員
  • 京都大学 成?戦略本部 福永俊晴 研究員(名誉教授)
  • 京都大学大学院 工学研究科 安部武志 教授
  • ファインセラミックスセンター 小川貴史 主任研究員
  • ファインセラミックスセンター 桑原彰秀 主席研究員