M87のジェットから強力なガンマ線フレアを検出
-EHTと多波長観測が捉えた巨大ブラックホールの活動期-
イベント?ホライズン?テレスコープ(EHT)コラボレーションおよび多波長の観測グループからなる国際研究チームは、M87銀河の中心部を電波からガンマ線で一斉観測した新たな研究成果を発表しました。このグループには茨城大学基礎自然科学野/理学部の米倉覚則教授が参加しており、理学部附属宇宙教育研究センターが運用する宇宙電波望遠鏡も観測に貢献しています。
今回の観測は、EHTによるブラックホール初撮影から1年後の2018年に行われたものです。一斉観測の結果、M87中心部から強力なガンマ線フレアを捉えることに成功しました(図1)。本成果はM87の巨大ブラックホールが約10年ぶりの活動期を迎えたことを示すとともに、超高エネルギー電磁放射の発生メカニズム解明に手がかりを与えるものです。
研究成果は欧州の天文学専門誌『アストロノミー?アンド?アストロフィジクス』に掲載されました。
背景
楕円銀河M87は、おとめ座の方向約5500万光年の距離にあります。その中心には、EHTが史上初めて撮影に成功した巨大ブラックホールが存在しています。初観測は2017年に行われ、2019年4月に画像が公開されましたが、今年の初めには初撮影から1年後の姿である2018年の画像も公開されました。一方こうしたEHTによる観測と協調する形で、世界中の望遠鏡も同時期にM87のブラックホールに向けられ、電波、可視光線、紫外線、エックス線、ガンマ線など様々な波長帯でも一斉に観測が行われました。2017年に実施した最初の多波長合同観測では、M87のブラックホールが非常に「おとなしい」状態であったことが報告されていました。今回の発表は、その1年後である2018年に行われた2回目の多波長合同観測に基づくものです。
研究の成果
2018年の観測キャンペーンには地上および宇宙から、総勢17を超える観測装置が参加しました(図2)。その結果、M87の中心部から強力なガンマ線フレア(ガンマ線において短い期間だけ明るく輝く現象)を捉えることに成功しました。これはブラックホールの活動が全体的におとなしかった2017年とは対照的です。検出されたガンマ線は、可視光線の数千億倍のエネルギーを持っており、その膨大なエネルギーを一度にたくさん解放することは並大抵のことではありません。
本研究チームの世話人の1人であるトリエステ大学のジャコモ?プリンシペ研究員は「EHTが参加する多波長合同観測キャンペーンの期間中にM87からガンマ線フレアを検出できたのは幸運でした。というのも、M87でガンマ線フレアが検出されたのは実におよそ10年ぶりだからです。超高エネルギーのガンマ線が巨大ブラックホール周辺やジェットの中でどのように作られるのか、その起源を探る絶好の機会が得られたのです。」と述べています。
同じく研究チームの世話人の1人である名古屋市立大学の秦和弘准教授は「M87の巨大ブラックホールはとても気分屋で、いつフレアが起こるか事前に予測がつきません。2017年と2018年で静穏期と活動期という全く対照的なデータが得られたことは、巨大ブラックホールの活動サイクルを紐解く上で重要な手がかりとなります。」と述べています。
今回検出されたガンマ線フレアは、わずか3日間という極めて短時間の現象でした。ガンマ線を検出したMAGIC(マジック)望遠鏡チームのメンバーで、東京大学宇宙線研究所のダニエル?マジン特任教授は次のように話します。「フレアの期間は放出領域の大きさにおおよそ比例します。ガンマ線の急速な変動は、フレア領域が非常に小さいことを示しており、中心ブラックホールのわずか10倍程度の大きさしかありません。興味深いことに、ガンマ線で観測された急激な明るさの変化は他の波長では検出されませんでした。これはフレア領域が複雑な構造をしており、波長によって異なる性質を持つことを示唆しています。」
2018年の観測キャンペーンには世界からガンマ線望遠鏡やエックス線望遠鏡が多数参加したほか、可視光帯では広島大学が運用するかなた望遠鏡、電波では国立天文台が韓国?中国などと共同で運用する東アジアVLBIネットワーク(EAVN)なども参加し、ガンマ線フレアの発生時期におけるジェットの形状などを詳しく測定しました。興味深いことに、2018年にEAVNで撮影されたM87ジェットは、2017年の時とは異なる方向に噴出していることが示されました。また、EHTで観測されるリング構造も、最も明るい方向が2018年と2017年では変化する様子が報告されています。
EAVN観測をとりまとめた工学院大学教育推進機構の紀基樹客員研究員は「ジェットの噴出方向、 EHTで観測されるリングの輝度分布、ガンマ線活動の3つの要素について、今後さらに長期的な時間変化を観測し、それらを組み合わせて分析することで、超高エネルギー放射発生メカニズムの理解が大きく進展するでしょう。」とコメントしています。
研究チームは理論?シミュレーション研究も行い、多波長観測データと比較することで、活動期にあるブラックホール周辺の様子を考察しました。国立天文台が運用するスーパーコンピュータ「アテルイII」を用いてシミュレーションを実施した東京大学宇宙線研究所の川島朋尚研究員は「2018年のフレアは、超高エネルギーガンマ線で特に強い増光を示しました。これまでのM87の『おとなしい』時期と同じ放射領域で超高エネルギー粒子が更なる加速を受けたか、あるいは異なる放射領域で新たな加速が起きた可能性も考えられます。」とコメントしています。
本研究チームの世話人の1人であるアムステルダム大学のセラ?マルコフ教授は「巨大ブラックホールのジェットにおいて、超高エネルギーの粒子がどのように加速されるかは長年の謎です。今回ガンマ線フレアの発生時期にEHTで事象の地平線スケールを直接撮影できたことで、フレアの起源に関する理論モデルを検証することが初めて可能になりました」と述べています。
今回得られた豊富な観測データは世界中の研究者に広く公開されます。研究チームは、より多くの研究者がデータを活用することで様々な理論の検証が行われ、未だ謎多き巨大ブラックホールの活動性に関する理解が一層進むことを期待しています。
論文情報
- 論文タイトル:Broadband Multi-wavelength Properties of M87 During the 2018 Event Horizon Telescope Campaign including a Very-High-Energy Gamma-ray Episode
- 著者:EHT Multi-wavelength Science Working Group, EHT Collaboration, Fermi-LAT Collaboration, H.E.S.S. Collaboration, MAGIC Collaboration, VERITAS Collaboration, EAVN Collaboration
- 掲載学術誌名:Astronomy and Astrophysics
- DOI番号:https://doi.org/10.1051/0004-6361/202450497
国内の共同発表機関
名古屋市立大学、自然科学研究機構 国立天文台 水沢VLBI観測所、工学院大学、東京大学、東京科学大学、自然科学研究機構 国立天文台 天文シミュレーションプロジェクト、茨城大学、大阪公立大学