天文学?宇宙物理学用語の知見獲得に対するポップカルチャーの影響
―「〇〇ばかり見てないで勉強しなさい!」は正しいか?―
茨城大学学術研究院基礎自然学野/スチューデントサクセスセンターの山崎 大 教授の他、自然科学研究機構アストロバイオロジーセンターの日下部 展彦 特任専門員(国立天文台併任)、東京大学の川越 至桜 准教授の研究グループは、世界的に人気が高い漫画、アニメ、それらのメディアミックス等のポップカルチャーが、大学生の天文学?宇宙科学用語の認知度?理解度に与える影響を調査するため、天文学?宇宙物理学の自然科学教養授業(自然科学系リベラルアーツ科目)において、天文学?宇宙物理学の科学用語とポップカルチャーの関係性のアンケートを実施し、その結果を解析しました。その結果、一部の用語においては、日本やアメリカの著作?映像作品(ドラえもん、DRAGON BALL、天元突破グレンラガン、Doctor Strange in the Multiverse of Madness、Spider-Man: Across the Spider-Verse 等)の影響が無視できないことが分かりました。
さらに、これらの解析結果を踏まえ、科学用語を理解する際のポップカルチャーの影響と社会?教育的なインパクトを考察し、科学?天文教育にポップカルチャーを活用できるのか、活用できた場合はどのような形になるか、についても議論しました。
本研究成果は、2025年3月17日に水戸市民会館で行われた日本天文学会2025年春季年会にて学会講演として紹介さました。
背景
研究グループのメンバーは、これまで、?学初年次?が学修すべき?台となる基礎?学や数学、天?学や宇宙物理学、それらに関連する科学リテラシーを習熟させるための教育研究や教材開発、特に動画とeラーニングの開発に努めてきました。
科学に関係する情報は、教育の現場からだけではなく、様々な媒体からもたらされています。科学リテラシーの習熟と教材開発に関連した先?研究からは、科学的な情報を取得する媒体、例えば、?較的新しいメディアであるソーシャルメディア(SNS)や、?較的古い情報発信源であるテレビや新聞、等の違いにより、科学的な情報のとらえ?が異なり、科学リテラシーの習熟度にも影響があることが分かっています。
情報の発信のされ?は、さらに細かく分類できます。科学的なコンテンツかどうか、娯楽、ニュースなどの報道、SNS のように個?が?由に発信している場合もあります。
そこで、今回の研究では、先?研究で?われたような媒体ごとの違いだけでなく、情報の発信?法毎の科学知識、今回は科学?語に関する認知度や理解度の違いを調べ、教材開発や授業内容の改善に役立つことがないか考察?議論しました。
研究手法?成果
今回の研究では、以下の10の天?学と宇宙物理学に関連する科学?語について、認知度や理解度の違いを調べました。
- A:?較的古くから知られている科学?語
「ビッグバン(Big Bang)」「ダークマター(Dark matter)」
「超新星(suprenova)」 「ブラックホール(black hole)」 - B:?較的最近に確?、もしくは再確?された科学?語
「太陽系外惑星(Exoplanet)」「惑星探査機はやぶさ(Hayabusa Spacecraft)」
「アストロバイオロジー(astrobiology)」 - C:検証が困難であるが科学的な?脈で使われている?語
「マルチバース(multivarse)」
「並?宇宙(世界) (パラレルワールド)(Parallel universe, Parallel world)」 - D:?較対象のために先?授業で教授した認知度が低い科学?語
「近代物理学におけるエーテル(aether in modern physics)」
アンケートの対象は、茨城?学の学部1年次以上を対象とした「リベラルアーツ科? ?然?環境と?間」宇宙論史II (受講生234名)の受講学生です。同授業の受講学生は天?学と宇宙物理学に興味があると考えられます。
研究手法?成果
全体の概要
図1の棒グラフから分かる通り、天?学?宇宙物理学に興味をもち関係した授業を受けた?学の学部?が、天?学?宇宙物理学に関連する科学?語を初めて?聞きした情報源の3分の2近くは、教育的コンテンツ(?学までで受講した授業、科学館、博物館や?学等の展?やイベント、電波媒体(テレビ、ラジオ)、紙媒体(新聞、雑誌、その他の書籍))およびオンライン上の教育や科学を伝えることを主な?的としたもの)、残り3 分の1 の半分近くがアニメ、映画、漫画、?説、それらのメディアミックス等の『ポップカルチャー』でした。
図1?2の誤差付き点が示すのが、それぞれ、各科学?語の概要を説明する?章を読む前の??判断による理解度(主観的な理解度)と、該当の説明?を読んだ後に、説明?の内容と学???の知識の乖離から判断した客観的な理解度です。
双?とも、教育的コンテンツ(図では「education」) から得られた理解度が?番?く、次に?いのが、双?ともポップカルチャー (図では「pop culture」) でした。天?学?宇宙物理学?語の知?獲得に対して、教育コンテンツに次ぐ肯定的な効果を与えていることが分かります。
図1
図2
図1の棒グラフは、天文学?宇宙物理学用語を初めて見聞きした情報源の割合、誤差棒付きの点は、主観的な理解度(3点満点)を示す。"education"は、高校?大学の授業や教科書?参考書、科学館や博物館の展示やイベント、大学や研究室などの公開イベント、TV?ラジオ?webの科学科関係など、"pop culture は漫画、娯楽映像作品(アニメ、ドラマ、映画等)、ゲーム、それらのメディアミック等、"old media" は教育やポップカルチャーコンテンツを除外したテレビやラジオ番組、"new media"は、育やポップカルチャーコンテンツを除外したソーシャルメディア(SNS)やSNS以外のweb site等、"others" は前述のすべてに当てはまらないもの(知人に聞いたなど)を示す。なお, "all"の誤差棒付き点は全体のデータから算出した値である。
図2の誤差棒付き点は、各コンテンツの客観的な理解度(5点満点)を示す。
各科学用語の認知度
図3から、?較的古い科学?語(?く塗りつぶした棒グラフ)は他に比べて認知度が高いことが分かります。?較的新しい科学?語(緑の斜線の棒グラフ)のうち、報道の露出機会が多い「惑星探査機はやぶさ(Hayabusa Spacecraft)」は全体で見ても認知度が全体で?きくなっていました。また、「太陽系外惑星(Exoplanet)」は、科学成果の広報普及が広く?われておりその成果が出ています。「アストロバイオロジー(astrobiology)」は、?葉としてはそれほど新しくありませんが、?本で再認識されたのは2000 年代になってからであり、「太陽系外惑星」と?較すると科学成果発表の際に見えづらいこともあり、あまり認知されていません。
図3 各科学用語の認知度
各情報源の割合
各科学?語の情報源の割合を示す図4から、検証が困難であるが科学的な?脈で使われている?語である、「マルチバース(multiverse)」と「並?宇宙(世界) (パラレルワールド)(Parallel universe, Parallel world)」 parallel world (universe) 」は、SFX などの科学的な背景をもつ創作物に採?されることもあり、ポップカルチャーを最初の情報源にしている割合が?きいといえます。
?較的古くから知られている科学?語は、中程度です。その内訳をみると、「ダークマター(dark matter)」以外は、教育コンテンツが占める割合が70%台後半となっています。「ダークマター」は、?較的古くから知られている?語中では1番 ポップカルチャーの割合が多かったです。
?較的新しい?語は、ポップカルチャーの割合が?較的?さくなっています。「惑星探査機はやぶさは」は、その劇的な帰還劇が功を奏し、教育?科学コンテンツ以外で取り上げられてきたため、テレビやラジオなどのold mediaの割合が?番?きくなっている反?、教育コンテンツを情報源とする割合が?較的?さかったです。認知度が?番低い「アストロバイオロジー」は、ポップカルチャーからの割合が 0%でした。
対象授業に先?する授業「宇宙論史I」で解説した、あまり知られていないと推測される「近代物理学におけるエーテル(aether in modern physics)」は、教育コンテンツが情報源として大きな割合を占めています。
図4 各科学用語の情報源の割合
各?語の主観的および客観的な理解度
各科学用語の理解度について、ポップカルチャーの影響を特に強く受けていると思われる「ダークマター」、「マルチバース」、「並?宇宙(世界) (パラレルワールド)」に注目して以下に結果を示します。
<ダークマター>
「ダークマター」は、教育コンテンツを最初の情報源とする割合が 60%を切っていますが、ポップカルチャーからを最初の情報源とする割合は 20%%近く、他の?較的古くから知られている科学?語の中では?番となっています。
解釈に概念性が高く、特に未発?であるダークマターにおいては、主観的な理解度と客観的な理解度ともに、全体平均と比べると低い傾向がみられました。さらに、ポップカルチャーを情報源としている場合の主観的および客観的理解度は全体平均と比べるとかなり低くなっていました。ダークマターは、科学的には重?しか作?しない、もしくは重?以外の?はほとんど影響しないと仮定した仮想物質であり、現在までの研究では宇宙のエナジー組成の26.8 %を占めているといわれる仮想物質です。一方で、漫画?アニメのコンテンツにおいてはこの科学的な意味とは異なり、表現から連想されるイメージ、「dark」 な 「matter」、「邪悪」な「もの」、「悪い」「もの」という意味で使われていることがあります。例えば、情報源の?由記述欄にあった、漫画?アニメ作品の「銀魂」では、主?公が借りている事務所の大家の姉が?成するある物体(本?は卵焼きと主張するが、摂取すると著しく体調を崩す)を 「ダークマター」と表現しています。同様に?由記述欄にあったTV の戦隊シリーズである「宇宙戦隊キュウレンジャー」では、敵のグループ名を「ジャークマター」と称しています。また、ビデオゲームである「星のカービィ2」を最初の情報源としてアンケートに答えた回答者もいました。具体的には同ゲーム内に登場する種族で、邪悪な黒い雲から生まれた謎の?命体が「ダークマター」と呼ばれています。このように、本来は科学的な意味をもつ?葉も、その本来の意味と異なるものに使?されているコンテンツを最初の情報源としているため、その科学的理解度が他より低くなっていると推論できます。
<マルチバース><パラレルワールド(ユニバース)>
マルチバースとパラレルワールドは、複数の宇宙または世界が平?して存在しているという点では同様な概念ですが、前者は物理法則が異なる宇宙または世界が複数存在しているという概念に対し、後者は、量?論から派?した多世界解釈によるもので、原則、物理法則は同?である世界が分岐して並列に存在しているという概念です。昨今人気の「異世界」をモチーフにした創作群はマルチバースの概念が背景にあるといえます。
マルチバースは情報源が教育的コンテンツであるという割合がポップカルチャーより大きいものの、他の?語よりポップカルチャーの割合が大きいことが図4から分かります。
理解度については、主観、客観ともにポップカルチャーが優れていました。パラレルワールドに関しては、最初の情報源とする割合においては、ポップカルチャーが教育コンテンツを?きく上回っています。ポップカルチャーを最初の情報源としている場合、主観的な理解度は教育コンテンツに及ばないものの、客観的な理解度ではポップカルチャーの?が優れていました。
自由記述欄には、マルチバースには、「Spider-Man: Across the Spider-Verse」、「MARVEL Movie Doctor Strange」、「天元突破グレンラガン」とあり、いずれの作品中にも概ね異なる物理法則が成り立つ宇宙の並列存在が認められます。パラレルワールドの初めての情報源については、「ドラえもん」、「DRAGON BALL」、「orange」、「かがみの孤城」を答えていました。この中で「ドラえもん」 と「DRAGON BALL」はタイムトラベルを発端とした世界分岐が要因としてパラレルワールドを存在させています。「orange」は未来の情報を受け取ることにより違う未来世界を実現させており、広義には作品中にパラレルワールドが存在していると解釈できます。??で「かがみの孤城」は、登場?物が違う並?世界(パラレルワールド)同士の住?であるとの解釈が現れます(結果的に時間軸がことなる同?世界であった)。以上のように、?由記述欄にあった具体的な情報源において、用語の科学的定義とそれほど異なる解釈が創作に用いられていません。マルチバースもパラレルワールドも、表現上は、複数の世界が並列、共存して存在している概念を連想させます。?字上の表記が、意味を限定しているともいえます。そのため、?由度の高い創作物に採用されても、その意味上の解釈が本来の意味から?きく逸脱しにくいことが、ポップカルチャーを最初の情報源とした場合からの?語の理解度が?較的良好である要因であると推測できます。
今後の展望、教育教材開発への応用
今回の研究から、「ダークマター」のように、表現上比較的解釈を拡?しやすい用語は、創作者の?由な発想のもとに様々な属性がポップカルチャー作品の中で与えられるため、ポップカルチャーを科学?語の最初の情報源としている場合、教育コンテンツに比べて科学的な理解度が低下することが確認できました。??で、マルチバースやパラレルワールドのように、ポップカルチャーから得た知識でも、表現上意味が限定されてしまう傾向が強い?語は、教育コンテンツに匹敵する理解度になることが?されました。
このように、最初に認知する情報源、理解度が低い要因と良い要因を科学?語ごとに客観的にとらえることは、科学?天?教育をより楽しく学修できる教材づくりに役立ちます。例えば、科学的な定義に近い意味で「ダークマター」という?語を採?しているポップカルチャーの作品名や、どのように科学的な意味と解釈が異なるのかその理由を答えさせるクイズなどが考えられます。また、パラレルワールドは初めて知る情報源がポップカルチャーである割合が大きくなっていましたが、ポップカルチャー作品中にどのようにその概念が採?されるかを、量子力学の多世界解釈に関する議論と対?して説明するのもその人の例です。これらのアイデアは、工夫次第では、これまで出版されてきた研究広報?教育活動にも有用な書籍や、教科書?参考書?動画教材にも応?できると考えます。
今後は、以上の結果や考察、議論を受けて、さらに、学?の成績情報等との関係も併せて解析し、ポップカルチャー、old media、new media の否定的な影響も考慮したうえで、科学?天?分野をより楽しく学べる教材作成に取り組みたいです。