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2100年の将来像を提示
日本における気候変動影響評価のための日本版SSPsに付随した社会経済シナリオデータを開発

 長崎大学総合生産科学域 環境レジリエンス分野の吉川沙耶花准教授、茨城大学地球?地域環境共創機構の今村航平学術振興研究員、名古屋大学 大学院環境学研究科の山崎潤也助教、東京大学 大学院工学系研究科の似内遼一助教、東京大学 大学総合教育研究センターの真鍋陸太郎教授、東京大学 大学院工学系研究科の村山顕人教授、国立環境研究所 社会システム領域の高橋潔副領域長、国立環境研究所 社会システム領域の松橋啓介室長、茨城大学地球?地域環境共創機構の三村信男特命教授らによる研究グループは、日本における気候変動影響評価のための日本版SSPs(共有社会経済経路Shared Socioeconomic Pathways、以下「SSPs」。)に付随した社会経済シナリオデータのうち世帯数及び用途別建物用地面積の将来推計データを新たに開発しました。
 気候変動は、人類が直面する最大の長期的課題のひとつです。気候変動の影響は、気候だけでなく社会の変化にも大きく左右されるため、起こりうる将来を想定した社会経済シナリオが用いられます。SSPsは、地球規模の将来予測のための社会経済シナリオとして広く採用されています。世界版のSSPsをダウンスケールした日本版のSSPs(以下「Japan SSPs」とする)では、人口及び土地利用データが提供されていました。今回の研究では、新たに男女別?年齢5歳階級別?家族類型別の世帯数を推計しました。また、Japan SSPsでは建物用地面積を人口に比例して変化させているため、実際よりもかなり大きく建物用地面積が減少する傾向にあることが分かっています。そこで、本研究では工業用?商業業務等用?住宅用?その他と用途ごとに建物用地を区分する新たな推計手法に改良し、2100年までの将来推計を行いました。住宅用建物用地は、空き戸数などの予測を行うことで使用する建物?使用しない建物を区別するとともに、用地面積の変化を推計しました。
 本成果は公益社団法人 土木学会が発行する「土木学会論文集」に2025年3月3日付で掲載されました。

>>くわしくはプレスリリース(PDF)をご覧ください

この研究の社会的意義

 本研究では、日本全域を対象に2015年~2100年の男女別?年齢5歳階級別?家族類型別の世帯数及び工業用?商業用?住宅用?その他4つの用途別建物用地面積の将来予測を行うことで、世帯数及び土地利用変遷の将来像を明示しました。本研究は、環境省推進費S-18「気候変動影響予測?適応評価の総合的研究(S-18: https://s-18ccap.jp/)」の一環として実施されました。ここでの成果は、気候変動適応法第7条に基づいて策定された「気候変動適応計画」に記載の適応策が必要な7分野のうち6分野(農業?森林?林業?水産業、水環境?水資源、自然災害?沿岸域、健康、産業?経済活動、国民生活?都市生活)での日本における気候変動影響予測と適応評価(S-18全体報告書, 2025年3月末発行予定)のための基盤的データとして使用されています。なお、本研究の成果は、気候変動影響予測?適応評価を超えてさらに様々な将来予測や計画に活用が期待される社会的意義の大きいものです。

研究背景

 人為的な気候変動は、すでに地球上のあらゆる地域で、熱波、豪雨、干ばつなどの様々な極端現象の発生に影響を与えています(IPCCIntergovernmental Panel on Climate Change2021)。近年の日本では、自然災害による被害額が増加しており、2019年の日本での自然災害による被害総額は、世界総額のうち20%以上を占める状況にあるといわれています。

 気候変動の影響や適応策に関する研究では、通常、何らかの形で将来の気候や社会経済の状況を想定したシナリオを使用します。シナリオとは、起こりうる将来を想定したあらゆるモデルの入力データとなるものです。SSPsは代表的な社会経済シナリオで、2007年にIPCCにより、気候変動による影響を評価するための新しいシナリオ開発が科学者グループに要請され、分野横断的に利用可能な社会経済シナリオとして開発されました(O'Neill et al. 2012)(以下、「世界版SSPs」とする)。しかし、世界版SSPsは世界を5地域または32地域に分類し集計されたデータもしくは国別でのデータのみであるため、日本国内の詳細な分析?評価には不向きです。これらの問題を考慮したJapan SSPsの開発では、世界版SSPsの考え方に対応しつつ、日本国内の各種の中長期的計画?施策を調査し、意見交換を踏まえて、叙述シナリオ(Chen et al., 2020)及び付随する人口データを構築(国立環境研究所, 2021)しています。Yoshikawa et al.2022)では、Japan SSP1Japan SSP5、及び現状維持という共通の社会経済シナリオを設定し、これらのシナリオの下で、人口と土地利用の共通データセットを提供しました。Yoshikawa et al.2022)は、我々の知る限り、Japan SSPsの下で2015年~2100年の5年ごとに3次メッシュで将来の土地利用/土地被覆予測を行った唯一の研究です。しかし、いくつかの懸念が残りました。このモデルでの土地利用/土地被覆予測では、「建物用地が人口に比例して変化する」という一律の想定が採用されていたために実際よりもかなり大きく建物用地面積が減少してしまうということが分かっています。

 そこで本研究では建物用地を用途別に区分した上で、Japan SSPsに基づき2015年から2100年まで5年ごとの男女別?年齢5歳階級別?家族類型別の世帯数及び用途別建物用地面積の将来予測を行うことを目的としました。本研究で作成されたデータは、日本における気候変動影響予測へ使用されることを想定している性質上、データ構築において予測に使用可能な変数は、人口もしくは世帯数のみであるという前提で推計を行っています。

研究内容

 入手可能な過去データのほとんどが2015年近辺であることから本研究では2015年を基準年としました。2015年以降を将来として推計しています。推計の手順としては、まず2015年から2100年の5年ごとのJapan SSPs将来人口(国立環境研究所, 2021)を用いてシナリオ別に男女別?年齢5歳階級別?家族類型別の世帯数を推計しました。次に、基準年である2015年の建物用地を工業用建物用地?商業業務等用建物用地?住宅用建物用地?その他建物用地の4つへ分類しました。2020年以降の将来予測については、工業用建物用地及び商業業務等用建物用地の面積変化予測の代理変数を設定し、その面積を推計しました。住宅用建物用地については、居住世帯あり住宅と居住世帯なし住宅を区分し、住宅用建物用地と元住宅用建物用地(注3)の面積を推計しました。全ての解析は、空間解像度3次メッシュ(およそ1km×1km)であり、Japan SSPsのうち全てのシナリオ(Japan SSP1SSP5)を使用して、推計を行いました。なお、推計にあたっては世帯数及び用途別建物用地面積に影響を与えうる今後の政策等の効果は想定していません。

 総世帯数は、2100年で約1.9千万~3.7千万世帯と推計され、2015年と比較して約0.350.68倍と大幅に減少する傾向にあることが分かりました(図1)。人口データに世帯主率を乗じているため、人口減少の傾向と同様に世帯数も2030年以降に急激に減少することになります。総世帯数減少が最も高いシナリオはJapan SSP3、最も低いシナリオはJapan SSP5でした。この傾向は、各シナリオの総人口の推計結果と同様です。2100年の85歳以上単身世帯は、Japan SSP3で約1.6百万世帯、Japan SSP5では約1.9百万世帯であり、2015年と比べて約1.61.9倍となる見込みであることが分かりました。

20250327_figure1.png 図1.シナリオ別総世帯数の推移

 住宅用建物用地面積の推計のために戸建て及び共同住宅の空き戸数を推計しました(図2)。空き戸数は、2022年時点で存在する住宅戸数から世帯数を差し引いたものです。人口減少に伴い、空き戸数も増加する傾向にあることが分かります。空き戸数は、2100年で戸建てで約1.4千万~2.2千万戸、共同住宅で約1. 2千万~2.1千万戸と推計され、2015年と比べて空き戸総数は約2.54.2倍となることを明らかにしました。こうした大きな空き戸数が生じればそれに対する政策的対応が図られるものと考えられますが、本推計では政策的介入は設定していません。住宅用建物用地面積は、2100年で約3.6千~5.7km2と推計され、2015年と比較しJapan SSP3では約0.42倍、Japan SSP5では約0.66倍となることが明らかとなりました(図3)。これは世帯数の減少率とほぼ同じ傾向です。

20250327_figure2.pngのサムネイル画像 図2.シナリオ別戸建てと共同住宅の空き戸数の推移

20250327_figure3.png 図3.シナリオ別住宅用建物用地面積の推移

 建物用地面積は、2100年で約2.1万~2.3km2と推計され、2015年と比較し約0.820.89倍となることが明らかとなりました(図4)。Yoshikawa et al. (2022) では人口減少に伴い建物用地が急激に減少するが、本研究では建物戸数などからその敷地面積を推計することで2040年以降の緩やかな減少を表現することが可能となりました。

20250327_figure4.png 図4.シナリオ別建物用地面積の推移

発表者?研究者等情報

  • 長崎大学 総合生産科学域 准教授 吉川 沙耶花
  • 茨城大学 地球?地域環境共創機構 学術振興研究員 今村 航平
  • 名古屋大学 大学院環境学研究科 助教 山崎 潤也
  • 東京大学 大学院工学系研究科 助教 似内 遼一
  • 東京大学 大学総合教育研究センター 教授 真鍋 陸太郎
  • 東京大学 大学院工学系研究科 教授 村山 顕人
  • 国立環境研究所 社会システム領域 副領域長 高橋 潔
  • 国立環境研究所 社会システム領域 室長 松橋 啓介
  • 茨城大学 地球?地域環境共創機構 特命教授 三村 信男

論文情報

研究助成

本研究は、環境省?(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費 戦略的研究開発(型)「気候変動影響予測?適応評価の総合的研究」(JPMEERF20S11801)により実施されました。